最高裁判所第三小法廷 昭和23年(オ)2号 判決 1949年8月09日
主文
原判決を破毀する。
三重県何芸郡栗真村大字町屋九百六十一番地の一亡別府信次郎家督相続人選定の為め昭和十九年七月四日同所別府もと方において招集された親族会がなした別府もとを別府信次郎の家督相続人に選定する旨の決議はこれを取消す。
訴訟の総費用は被上告人等の負担とす。
理由
上告理由は末尾添附別紙記載の通りでありこれに対する当裁判所の判断はつぎの如くである。
本件親族会決議については手続上大きな欠陥がある原審の認定した所によると安濃津区裁判所は昭和十九年六月十七日亡別府信次郎の家督相続人選定のための親族会員に別府藤一郎松田仁吉の三名を選定し、その親族会を同月二十五日午前十時訴外別府もと宅に招集する旨の決定をした、ところが右別府藤一郎に送付された右決定書の謄本には招集の日時が六月二十三日午後十時と記載されて居たのである、されば右謄本の送達によつては前記の裁判所の招集決定は右藤一郎に対しては適法の告知があつたものとすることが出来ないわけであり、他に何等かの方法によつて告示がなされたことは当事者の主張しない処である、三人の親族会員の一人に対し適法の告知がなかつた以上招集決定は厳格にいえば効力を生じないものといわなければならない、其故裁判所では前記期日以前に更に相当の告知をするか或は又該期日が徒過されたならば更に適法な招集決定及び其告知をしなければならない筈である、しかるに裁判所が右の如き相当の措置を採つたことは当事者双方主張しない所であり、本件係争の七月四日の親族会は裁判所が招集したものでなく、親族会の一人が勝手に日を定めて招集したものである、しかもこれに対して親族会員全部異議が無かつたのではなく上告人は異議を主張したというのである、(此の異議の点は原審は確定して居ないけれども上告人の其旨の主張に対し被上告人等の明に争わず又争う意思の顕われて居ない所である)右の如く裁判所の手続に欠陥があり且親族会員の一人が日を定めて招集した場合においても親族会というものの性質上会員全部が異議なく其期日に決議をしたのならば或はこれを有効のものとしてもいいかもしれないけれども苟くも異議を述べた者が存する以上其期日には決議を為し得ないものとしなければならない、蓋親族会員が二派に分かれて争つて居る様な場合には其一派のものが勝手に定めたのでは其派の者に有利で他派に不利益な期日場所を選んで招集するということも十分考えられるので、こういう場合には公平な立場にある裁判所が公平な考慮に基いて期日場所等を定めて招集することが適当だからである、(これが法律で親族会の招集は裁判所において為すべきものとした理由の一つである)尤も或者が異議を述べた場合其の異議に正当な事由がないときはそんな異議は重視する必要がない多数に異議がなければそれでよいではないかという様に考えることも出来るかも知れない、しかしそうすれば訴訟になつた場合異議を述べた者が正当事由の主張立証の責任を負うこととなるが親族間何ら争もない様な場合はいいけれども親族間に紛争があり、従つて親族会員にも意見の対立があり相争つて居る様な場合は親族間の争というものは案外深刻且復雑微妙なものがあるから異議を述べた者に正当事由の主張立証の責任を負わせるのは相当でない、親族会の争の様な微妙な感情が支配する争においては具体的の場合、或事情が正当の事由といい得るか否かもなかなか困難な問題である場合も相当多かるべく又人前でいうを欲しない様な事情もあるであろう、従つて裁判所を納得せしめ得る様な「正当事由」を主張立証するということは容易なことではないからである、其故前記の様な期日は会員全員異議ない時に限りこれを認め苟くも異議を述べる者があればこれを認めない方がいい、以上の理由により本件親族会決議は上告人より本訴の提起があつた以上これに基き其無効の宣言を為すべきものとせざるを得ない(旧憲法及び改正前の民法においては家という観念を非常に重視して居たから戸主が死亡した場合に家督相続人選定の為め親族会が設けられた時は親族会は是非其の選定をする必要があつた従つて親族会の決議が何らかの理由で無効となり若しくは取消された場合には、何度でも繰返して決議をやりなおさなければならなかつた、それ故ともかく適法に選任された親族会員が家督相続人選任の決議をしたときは成るべくこれを生かした方がよかつた、少しばかりの手続上の違背等を理由として決議を無効に帰さしめることは徒に紛争の種子を多くするばかりだし、又一旦出来た決議を無効として更にやりなおした処で、どうせ同じ結果となる様は場合は余計な手数をかけるのは無駄な話である、其故従来は一旦決議がなされた以上成るべくこれを助ける様な解釈が採られて来た、しかし新憲法は各人平等男女平等の原則を強調し其趣旨に従つて改正民法は家を廃し家督相続をなくして同法附則においても第二十三条第二項第二十五条の規定を設けて相続に関する限り成るべく新法による様にして居る、此の精神に従えば手続に違法があり且争のある様な家督相続人選定の決議は強て理窟をつけてこれを助ける必要はない。本件の様な欠陥多き決議はこれを無効に帰せしめ民法の一部を改正する法律附則第二十三条第二項第二十五条第二項により選定決議を止め、遺産相続にした方がいい、本件の決議は改正前の民法の規定の定める順位に従つたものには相違ないが右の規定は家の観念を過度に重視し家督相続について血統とか、夫系とかいうものを偏重した結果被相続人の妻には非常に不利益なものであり其結果被相続人と一生苦楽を共にした妻が夫の死後夫の遺族から逆待され遂には無一文で追放されるに至る危険が多分にあり、そういう実例も決して少なくないので甚だ憲法の精神に添わないものである、憲法の各人平等男女平等の精神に基いて家を廃し家督相続をなくし且被相続人の遺産は遺族に公平に分配することとなつた今日においては前記の解釈は憲法制定の趣旨に合する解釈であるともいえるであろう。
よつて上告を理由ありとし民事訴訟法第四〇八条第九六条第九三条に従つて主文の如く判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)